ツイッターに、「最近ヨガにはまりつつある」と書いたのですが、その理由は140字では書ききれないので、「
自分と向き合う感覚が面白い。自分と向き合って考えるのではなく、委ねる感じ。自分に委ねるって表現変だけどね。」と書きました。
私はピラティスというエクササイズが好きで、8年近く続けているのですが、ヨガにはまったく興味をもちませんでした。でも今回ヨガを初めてみて、はっきり言って自分でもヨガの何がいいのか、よくわからないのだけれども、感覚的な「自分に合っている」と思う気持ちだけは感じました。
でもなんで、こんなこと考えているのかな…なんて思っていたところ、偶然 「
エリザベス・ギルバート "創造性をはぐくむには"」という動画を見て、ちょっとひらめいたことがありました。
(正直一回みただけではちょっと理解ができず、2回見てあとは検索して見た人の感想などから、ああ、そういうことね…と理解したわけですが…もしかしたら翻訳があまり良くないのかも…)
「創造性は本来人間(誰にでも)備わっている」ということ軸にして、創作活動をしている時に不安に襲われそうになった時には、「恐れない、ひるまない、やることをやるだけ。結果を恐れず、続けること。」をユーモアたっぷりに、熱く語っています。
クリエイティブな仕事をしている人って、よく「何かが降りて来た」的表現をする人が多いのです。私もデザインの仕事をしている時、何かが降りてくることはないのだけれども、それに似た感覚はあります。
私はどちらかというと、精霊という名の「創造主」から何かを受け取るのではなくて、自ら持っている枯渇することもない「創造」という沢山の引き出しから、今回に合う引き出しを探し当てられるか…と考えていて「探し当てる」努力は自分にしかできないので「日々やるだけのことをやるだけ」の発想です。そういう意味では、この動画はすごく共感したかも。
ピラティスエクササイズから感じていたのは、自分と向き合うことでその「創造」への引き出しへのアクセスがすごく向上したと思っていたのですが、ヨガを初めてみてすごく感じるのは、アクセスすることじゃなくて「委ねる」ということなのかも!と自分の仕事とヨガが結びついた気がしたのです。
ピラティスとヨガって同じだと思っている人が多いみたいですが、ピラティスはインテリジェントエクササイズ(考えるエクササイズ)と言われていて、自分と向き合って対話するイメージがあります。でもヨガは、リラックスすることを楽しむというか、考えないで「委ねる」イメージに近いのです。どちらも自分に向かったベクトルなのですが、ベクトルの処理が違うのです。まだ始めたばかりなので、そう考えるのが正しいかは別として。
今自分がやっているデザインの「評価」とか「評判」とか「お客様へのニーズにあっているか」とか、そういうことを考えるのは当たり前のことですが、少しここから離れて「自分に委ねる=楽しむ」ことをやるべきなのではないかと思えてきました。
実は、今の仕事を「楽しまなくちゃ」と思っているところもあって、「どう楽しめば?』と悩むこともあったのですが「委ねる=楽しむ」っていう言葉を使うと、自分の中ではすごく納得できるのです。
ツイッターで書いた「自分に委ねる」って変な日本語だな…と思ったのですが、なんか自分でストンと落ちました。
このストンと落ちた気持ちも、「何かが降りて来た」的類いのものだったりするのですが、実はこれも自分自身で持っていた「引き出し」のひとつ。自分の中では未知の世界であった「ヨガ」を試すことで「
新しい創造性」の引き出しを見つけたということなのでしょう。ヨガをやってみなければ、感じ得なかったこと。やっぱり行動は大切。「食わずぎらいは駄目よ!」ということですね。